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☆シルディ・サイ・ババ その2~偉大な聖者の物語~
【シルディ村でのサイ・ババとドワルカマイ、そして約束(?~1918年10月15日)】
サイ・ババはその生涯に小さな村シルディを二度訪れたことが知られています。最初のシルディ訪問は数ヶ月で終わりました―この時、サイ・ババはシルディの町外れにあるイチジクの木の下で薬草療法を指導しながら暮らしました―そして二度目の「訪問」は実に50年以上の間にも及びました。
この二度目の訪問中の初期の頃、サイ・ババは数々の奇跡と癒しの力を示現しました。地元の祭司が最初に彼を「サイ」と呼んだのは、この時からでした。「サイ」とは「神人・聖者・神」を意味します。これより、彼はシルディ村の「サイ・ババ」(尊敬される聖者)として知られるようになりました。この間、サイ・ババは廃墟と化したモスクに居を構えました。雨の日も晴れの日も、自分の時間の大半を、サイ・ババは炉の側に座り炎を見つめたまま、スピリチュアル・ワーク(全人類の魂を引き上げる祈祷)をして過ごしました。この質素な住処はドワルカマイとして知られ、今日では毎年何万人もの参拝者が訪れる聖廟となっています。サイ・ババの墓所であるサマディもそこに位置します。
【サイ・ババの約束】
シルディ・サイ・ババは肉体的には質素な暮らしを送りました。彼はドワルカマイで日々を過ごし、信者の訪問を受け、毎日、施しを乞いに街へ出かけました。サイ・ババが生涯の間に何百もの奇跡を起こしたことは、十冊以上の本に記述されています。その内の何点かは西洋諸国で現在入手可能です。1918年10月15日にサイ・ババの魂がその肉体を離れて以来、何千もの奇跡体験が証言されてきました。世界中の至る所で、人々が癒されたり、あるいは、災害が未然に防止されてきた場所では、幾度となく「頭にスカーフを巻いた老人」が出現し、後になってその正体はサイ・ババであったと判明してきました。すなわち、サイ・ババの写真か肖像を見て、初めて自分を助けてくれた人物がサイ・ババであったことに気づいたということだったのです。彼らは何度もサイ・ババの「姿を見る」前に、サイ・ババの声を聞いています。
サイ・ババは言いました。「もし、お前が私を見るなら、私はお前を見よう。もし、お前の重荷を私に預けるなら、私はそれを背負おう。もし、お前が私に助言・救済を求めるなら、即座に私はそれを与えよう。肉体を去った後もなお、私は信者を助けるために駆けつけるだろう」と。
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【インド後期密教(梵我密教)の理想】
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2.誰に恥じることなく神にサレンダー(全託)でき、その聖なる波動の中で瞑想を極めることのできる場所を作ること。
この二つが、梵我団に天から与えられたミッションです。
『秘境の秘教を霊性修行できる梵我一如無上瑜伽密教団の設立』とは?
> http://divinesoul.jp/info/bonga-001
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